俗に「蓄膿症」といわれる病気は、正式には「副鼻腔炎」といい、急性副鼻腔炎、慢性副鼻腔炎に大別されます。「蓄膿」とは、文字通り「膿の溜まっている」状態を指しています。「蓄膿」は、副鼻腔炎で生じる一つの「状態」です。つまり、蓄膿状態であれば副鼻腔炎であると言えますが、副鼻腔炎が必ずしも膿を溜まっているわけではありません。
風邪をひいて、病原菌が鼻粘膜に増殖すると、膿のような汚い鼻みずが出るようになります。これをむりに堅苦しく表現すれば、「細菌性の急性の『鼻炎』」という状態です。
このとき、鼻(鼻腔)の周りにある「副鼻腔(ふくびくう)」にも、大なり小なり炎症がおこります。副鼻腔は、ほお骨の内腔を成す「上顎洞」など、左右に4種類ずつ存在し、鼻腔と交通路(自然口)で通じており、「空気の入れ換え」=換気をしています。いずれも骨壁で囲まれた空洞です。粘膜で連続しているので、炎症が広がりやすいのです。
これが「急性副鼻腔炎」の始まりです。短期間に急性に生じた状態が急性副鼻腔炎、これが長期化したり、あるいは気づかない間にゆっくり悪くなったりして至るのが慢性副鼻腔炎です。
自然口付近の粘膜が炎症を起こすために、粘膜機能である「副鼻腔からの排出機能」が悪くなったり、粘膜自体の浮腫(むくみ)・肥厚などから通気自体が障害されていきます。この通気障害が、重症化・慢性化するときの大きなファクターです。
「鼻かぜ」→「副鼻腔炎」→ひどく炎症が強かったり、放置などで長期化すると「蓄膿症」というのが通常のパターンです。
あるいは、アレルギー性鼻炎が重症だったりそれが長期に続くと、同様に自然口の換気が悪くなり、副鼻腔の感染・慢性化を生じることがあります。さらには、副鼻腔粘膜自体がアレルギー反応を起こして浮腫・貯留を生じる(アレルギー性副鼻腔炎)とも言われています。
『「きっと」「どうせ」アレルギー性鼻炎(あるいは花粉症)だろう』とずっと我慢してたり(大人)、放っておかれたり(子供)している患者さんにしばしば出会います。ときに慢性副鼻腔炎に至っていることもあります。
「膿のように黄色味がかったり、緑がかった鼻みず」は、単なるアレルギー性鼻炎ではありません。感染を示す兆候です。副鼻腔炎になる第一歩ともいえます。
アレルギーには「抗アレルギー薬」、副鼻腔炎には以下に示すような抗生剤を中心とした薬剤が、それぞれ必要です。合併していれば薬も併用になるわけです。
あきらかに膿性の鼻みずがあるのに、いつまでも抗アレルギー剤だけでがんばるのは、無駄な努力になってしまいます。市販の抗ヒスタミン系薬剤だけで頑張っていても、事がこじれることがしばしばです。
鼻内所見をしっかり診て(診られて)、所見の確認を繰り返し、「治療」に臨まなければならないのがこれでお分かりでしょう。
*余談ですが、鼻を覗いただけで、厳密には「蓄膿症」を確定診断することは不可能です。健診などで、「鼻を覗いただけで『蓄膿症』」と診断されていることがしばしばありますが、これ実は出来るわけがないのです。あくまでも、膿のような鼻みず(分泌物)が見えるとき、「もう副鼻腔炎があるかも知れない」、「放っておくと副鼻腔炎になるかも知れない」、という状態を指摘しているものと考えて下さい。骨の壁に囲まれた空洞に炎症があるのか否か、見えるはずがないのです。従って、必要に応じてレントゲンで「炎症の影」を確認しなくてはなりません。
ある程度重症化した副鼻腔炎では、溜まった膿や分泌物の貯留像、粘膜が増殖・肥厚するために、その肥厚像が、レントゲンで本来透き通る空洞(副鼻腔)に、影として写るようになるのです。
このとき膿が溜まった像が認められるようなら、これが俗に言う「蓄膿症」の状態です。
もちろん、明らかに「自然口」から排出していると分かる膿汁を、鼻内所見で見つけることはしばしばあります。これで「副鼻腔炎」の存在を強く類推することはできます。
それから小児の場合、まだ副鼻腔そのものが未発達で、低年齢ほど、まったく出来ていません。ですから2、3歳までの子供に、安易に「蓄膿」と表現されてしまったりすることには抵抗を感じます。
乳幼児が、「青っぱな」を垂らしている=すなわち蓄膿症、というわけではないのです。このまま放っておけば、副鼻腔の発育の後れと、慢性副鼻腔炎になりやすい状態、「蓄膿症予備軍」であると理解しておいた方が賢明でしょう。ですから、そういう意味で、便宜上「副鼻腔炎」として扱われる、と考えるべきでしょう。
鼻腔の炎症が「鼻炎」です。どのような原因(アレルギー性、感染、その他)でも鼻みず、鼻づまりなどが起こるような状態は「鼻炎」です。
しばしば「鼻炎」はアレルギー性鼻炎のこと、と混同する方がいますが、原因がアレルギー性なら「アレルギー性鼻炎」、風邪などの感染で起こっていれば、いわゆる「急性鼻炎」です。両者が混在することも少なくありません。他にも特殊な原因から慢性的ないろいろ「鼻炎」を生じることもあります。
「鼻炎持ち」と表現する方によく出会いますが、それだけではどのような状態であるのか、医師には充分伝わりません。
「どうしました?」「鼻炎です」では、診断を図ろうとする医師は困惑させられてしまうのです。
「鼻みずが出る」もう少し細かく、「いついつから、こんな鼻みずが出ている」と訴えてもらえると、「何による鼻炎かな」と判断する一助になります。)
喫煙の功罪
副鼻腔炎にとって、喫煙は議論の余地なく「増悪因子」です。粘膜の自浄機能を著しく障害します。
かぜの一症状と見ることもできます。抗生剤などの内服と局所処置で通常は数日で改善します。
かつては、内服薬では治りにくい病気でしたが、近年では、ニューマクロライド系と言われる抗生剤の少量長期内服で、かなり改善できるようになってきました。一般的には、通常量の半量を数ヶ月間続ける治療です。(下記参照)
ニューマクロライドには通常の抗菌性作用を期待するのではなく、この薬剤の持つ、副鼻腔炎の「消炎的薬理作用」を利用するのです。抗生剤ですが、それ以外の薬理作用を持つと言われているのがこの一群の特徴です
通常、抗生剤の効果とは、一定以上の血中濃度に上がってからでないと発現しません。ところが、ここで利用する「薬理作用」は、そこまで上がらなくても発現すると言われており、臨床現場でも実際に効果的です。
実は、慢性副鼻腔炎という病態は、「細菌が付いて炎症が起こっている」という急性炎症とは少々異なるのです。
急性炎症などをきっかけにして粘膜自体が「病的状態」に陥ってしまっているのです。粘膜の持つ諸々の生理機能が狂ってしまい、たとえ除菌されたとしても「粘膜生理機能が異常のまま」と考えてください。
病原菌が起炎原因として「果たしている役割」はむしろ小さくなっているため、一般的な抗生剤などで躍起になって病原菌退治の治療しても、あまりうまくいかないのです。そして炎症が進むにつれ、粘膜は肥厚し、さらに増殖して、ぶよぶよの、固めのゼリーのように形態的にも変化します。(↓下写真)
ここでニューマクロライドは、粘膜の「ある種の生理活性」を強めて、副鼻腔の慢性炎症を抑制するのです。
中央の蒼白色部分がポリープ。
鼻呼吸の通気部分(「総鼻道」)が閉塞されている。
「病的変化」した粘膜(ハナタケ)の切除写真
副鼻腔から鼻腔にかけて増生する。鼻腔内に突出してきた部分が、「鼻ポリープ」あるいは「鼻茸(ハナタケ)」として見られる。
一般論として、
抗生剤の使用法として、同一の抗生剤を数週間以上漫然と継続するのは、「効果がない」どころか、明らかに間違った治療です。数日間で効果が現れてこなければ、その抗生剤は病原菌に対して効かないと判断します。効果が見られないのに続けていても、いつまでも効き目は得られません。逆に、病原菌が薬への抵抗力(耐性)を強めてしまうだけです。すみやかに中止・変更を図るべきところです。(この点をしっかりと、その都度診察にて確認していかなくてはならないのです。)
この点から言って、本治療は、一般の抗生剤の使い方と比べて特殊です。
投与数日での抗菌効果ではなく、数週間~数ヶ月という中長期的経過によって、粘膜自体の消炎効果というものを促す治療なのです。この経過の中で、不思議なことに、ニューマクロライドに感受性のない(直接は抗菌作用を受けない)種類の病原菌ですら、消えてしまうとも言われているのです。
耳鼻科医が慢性副鼻腔炎に対するときは、そのような目的で長期投薬を図ることがしばしばあります。「抗生剤」ですが、この治療に限っては、長期投与が「むやみに長く続けているわけではない」ことだけは理解してほしいところです。
少量長期投与によっても、回復しにくい慢性副鼻腔炎というのも確かに存在します。
鼻ポリープの存在が大きな要因の一つです。このポリープは、例外はありますが、副鼻腔で増生した病的粘膜が、鼻腔との通気口(「自然口」といいます)を通じて鼻腔の方に溢れてきた状態です。(これが見えたりしたら、もう「慢性副鼻腔炎」として扱われねばなりません)
そもそも、自然口の通気が悪い状態が続くと慢性副鼻腔炎に罹りやすいのですが、慢性炎症自体から形成したポリープにより、さらに通気が閉ざされ、より難治化してしまいます。この悪循環状態にまでなると、内服治療だけでは非常に治りにくいものになってしまいます。
重症化した慢性副鼻腔炎の治療には、炎症→自然口の通気不良→副鼻腔粘膜の慢性炎症→ポリープの増生→慢性炎症の増悪、という悪循環を断ち切る必要があります。
ポリープを除去し、さらにその「根」となる副鼻腔炎の「病的粘膜」を除去し、自然口を広げ、副鼻腔への通気を改善すること(即ち手術治療)が、「治癒」への大きなステップになるのです。
上記のような考え方が、今ほど確立していませんでした。
むしろ、「そこにある病的粘膜を除去する」ことに主眼をおかれたのが、かつてのいわゆる「蓄膿症の手術」です。
口の中から歯ぐきを切って、鼻の中や周りの骨を削りながら、時には槌とのみで骨を叩き落としたり、という手術です。「副鼻腔根本術」といわれています。この手術では、骨・骨膜ごと粘膜を根こそぎ除去してしまうので、術後の空洞に「粘膜機能」というのがまったくない状態になります。
また、骨やふつうの粘膜は血行が良いため、それだけ術中出血が多くなります。顔面(頬)の骨を削るので、術後数日間は顔が腫れ上がってしまいます。
出血が多い分、それを止血するためにガーゼ詰めもがっちりカチカチにしなくてはなりません。詰めているだけでも痛みが強く、そのガーゼを抜くとなると、かなりの苦痛です。さらに抜去時の出血もどうしても多めになります。ガーゼ抜去の方が手術よりつらい、ともいわれています。とても入院なしで行える手術ではありません。
創面に粘膜が再生するのには非常に月日がかかります。その間は、「空洞」に自浄機能がないので、その創面に「汚れ」がいつまでも付きやすく、放っておけば感染も起こしやすい状態です。頻繁な清掃処置を長期間(数ヶ月以上)続ける必要があります。
従来の、「根こそぎ」手術の欠点を克服、術後の鼻粘膜機能を温存ないし回復させ、なおかつ術中術後の疼痛・顔面腫脹・出血などの負担を軽減できる手術として、FESSが一般化しつつあります。この手術には内視鏡の発達が不可欠でした。
旧来の、「外からがっさり根こそぎ」という手術から、「内から悪いところだけを」というスタイルへの変更です。
専用の鉗子などによって、病的粘膜を少しずつ切除します。
「根こそぎ」にせず、「機能(Function)の期待できる粘膜」を残すように手術を図るので、術創面の粘膜再生、自浄機能の回復までが短期化します。細かい作業の連続で手術時間が長くなりやすく、時間が長い分、出血も多くなりがちです。
「マイクロデブリッダー」という特殊な器具を用いたFESSがあります。
病的粘膜を選択的に急速除去します。これだけでも自然口~副鼻腔への通気は比較的改善します。鉗子より確実に、選択的に病的粘膜を切除できます。
病的粘膜は血行が悪く(だからこそ薬も届きにくく、治りにくいのですが)、それだけを切除するので出血が少なくてすむのです。当然、術後の出血の可能性も、旧来の手術と比べ著しく少なくてすみます。
きつい圧迫止血は不要なので、特殊な軟らかい止血材ですみます。挿入中も負担感はガーゼよりずっと軽く、抜去時の痛み・出血はごく軽くてすみます。従前と比べれば「ほとんどない」と言っても良いくらいです。
また、顔が腫れるようなことも全くありません。
外来・局所麻酔の条件下のため、処理可能範囲に限界があります。限定的範囲において、施術を検討します。
広範囲の根本的手術が望ましい場合には、病院レベルでの入院手術をお勧めします。
鼻腔内をポリープが充満
ポリープ除去、鼻腔が開通したところ
鼻内ポリープを除去し、さらに発生母地である篩骨蜂巣を開放、腔内の病的粘膜も除去したところ。
ほとんど出血はみられない。
開放部の粘膜表面が回復(上皮化)。自浄機能が回復して、痂皮がほとんど付着しない。
マイクロデブリッダーのハンドピース。
増生した病的粘膜(ポリープ)を、吸引力で引き込みながら、回転する内筒の歯で細かく切除。同時に吸引除去する。正常粘膜は引き込まれないので、切除できない。
鼻粘膜は血行に富むので出血しやすいが、病的粘膜は血流が悪い。これだけを選択的に切除するので、出血は非常に少なく、安全な手術が行える。
ポリープは周囲組織より柔らかいので、赤矢印(→)のように吸引口に引き込まれる。
内筒が横から回転してきて、引き込まれた組織のみを切除、吸引除去する。
周囲組織は、外筒によってほとんど損傷されない。
実際、術野に出血がほとんどみられない。