| 耳掃除はダメ? |
しばしば、「耳掃除は、したらいけない」とか、中には、「医者にそう言われた」、と話す患者さんに出会います。(一方で、「耳を掃除してから受診しろ」という医者がいるとかいないとか・・・?!) あるいは「耳掃除は怖い」という人、やたらに耳掃除を嫌がる子、怖がる子、というのも少なくありません。耳掃除は、たいていの人にとっては気持ちの良いもののはずです。 ところが限度を超えて力を込めるために、「耳掃除は怖い、痛い」と嫌悪感、恐怖感を植え付けられてしまうのではないでしょうか。 「この子は耳掃除をさせない」とか「この子は耳掃除を怖がる」と訴える保護者の方が後を絶ちませんが、どこかで、痛い経験、怖い経験をさせてはいませんか? ・・・・掃除する親の方がこわごわしてたり、痛がっても無理に続けたり、見えない奥の方まで突っ込んでつい痛い思いをさせていたり・・・。 耳掃除は、「しなくてはならない」のか、「するべきではない」のか、それぞれに神経質になってしまっている人が、時に見受けられます。 いったい何が正しいのでしょう? |
| 耳垢が多いと? |
学校検診で「耳垢」を指摘され、受診を勧められる児童・生徒が少なくありませんが、「耳垢」自体が悪いのではありません。 耳垢が邪魔で「耳内の所見が得られない」=つまり「病気があるともないとも判断できない」状態であるわけです。 だからたとえば、「耳垢があるから水泳させられない」のではなく、耳の病気が隠れてるかもしれないから、その確認もせずに水に潜るのはいかがなものか、ということです。 |
| 適度の耳掃除 | 適当に掃除」すれば良いのです。このときの「適当」とは、適当な「頃合い」に、適当な「加減」で行えば、それで充分なのです。それではわかりにくい、という人もいるかもしれません。どこまで、どの程度に、というのは、個人差もあります。 |
| 「やりすぎ」は×! | たしかに「やりすぎる」方が、いろいろ問題になりやすいのは確かでしょう。それは、「掃除」を通り越して、「皮膚のひっかきすぎ、いじめすぎ」になるからです。しばしば、「いつも掃除している」のに非常に多くの耳垢が詰まっていることがあります。ひたすら奥に押し固めてしまっているからです。 |
| 「全くしない」は? | 自分で「まったくしない」のも、それでも垢が自然に脱落して、溜まらない限りは問題ありません。身だしなみ程度にはした方が・・・とも思いますが。 |
| 「耳垢」って? |
そもそも、文字通り耳の穴、外耳道に溜まる「垢」です。垢とは、古くなった皮膚が、その役目を終えて剥がれ落ちたものです。ですから、決して悪いものでもなんでもなく、「耳垢=即ち病気」、というわけではありません。 (中には、たとえば「真珠腫」といって耳垢のようなものが異常に増え、それに感染し、炎症につながる病気や、積年の「徹底的ないじりすぎ」で外耳道上皮の移送能*の著しく低下した人もあるので、誤解のないように。) |
| 移送能* | 「耳垢の由来」は、そもそも「鼓膜上皮」です。鼓膜の外層で新生したこの皮膚上皮は、「移送能」といってゆっくりと移動する機能があるのです。鼓膜上を外側へ移動し、外耳道へと移り、鼓膜側から出口に向かって移動します。このような、皮膚上皮の移動性は、鼓膜・外耳道の特徴です。出口近くまでくると、皮膚は剥がれて「垢」になります。(耳垢腺という汗腺の一種があるので、その分泌量の多寡によって耳垢がカサカサになったり、粘っこいベトベトだったりします。これは体質により個人差であり、少しにおいのあることもありますが病気とは違います。「耳ダレ」とも違います。) |
| 耳掃除は「適当に」 |
勘のいい人はこれで、耳掃除をどうすればいいか、もうお分かりかもしれません。つまりは、外の方まで移動して出てきた分、剥がれて溜まったものだけを除去すればよいのです。 奥まで無理をしなくても、大概は日数を経ることで、奥のものは外に出てくるのです。必ずしも掃除しなくても構わない、というのは、うまく外側まできた耳垢がそのまま脱落して、なくなってしまうことが、かなりあるからなのです。 必ずしも完璧に耳垢が脱落するわけではありません。ですが、放っておいて、それ以上に溜まるとも限りません。その辺のところで、ときどき耳掃除をしている分には、まず問題は起こりません。 |
|
|
||||||||
|